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2015.12/19~25 聖なるひとり旅 第十四章 くつろぎ(前編)

第十四章 くつろぎ
 翌朝食堂に向かうと一人のおばさんがいて、食卓には朝食の支度がずらりと並んでいた。おばさんは私が来たのと同時にご飯と味噌汁を用意し、私に供した。おかずを見ると、ありきたりなものばかりで、正直感心しなかったが、一応無料を謳っているのだから仕方がない。塩鮭は冷めて完全に冷たくなっており、無料でなければ食えたものではない。味はよくなかったが、列車の時間が迫っているのでそもそも味わう暇がなかったのが幸いだった。途中でおばさんが
「ゆっくりしてていいの」
と尋ねた。食堂の時計を見ると、確かに時間が危ない。だが私の体内時計はそんなに進んでいない。おかしいと思って自分の時計を見てみると、やはり体内時計の方が正しかった。私は
「あの時計五分くらい早いですよ」
と言ったが、おばさんは聞く耳を持たなかった。

 結局私は、キハ40系の6:12発苫小牧行きに間に合った。今日の最初の目的地は、実はすぐそこにある。室蘭から三分ほどで隣の母恋駅に着く。まずはこの母恋で降り、列車を見送った。母恋駅はやや心細い小駅である。二面二線で、ホームは跨線橋で繋がっている。

 私は跨線橋を渡って駅舎へ向かった。駅舎内には有名な駅弁「母恋めし」の直売所があるが、当然まだ開いていない。私は寂しい駅舎を後に、左手にあるバス停へ向かった。

 田舎のバス停によくある、小さな待合室付きだ。待合室の中のベンチには丁寧にも座布団が敷いてある。私はその壁に貼ってある時刻表を見たが、どうもおかしい。地球岬団地行きの時刻表がないではないか。さらに目を転じると、地球岬行きのバスは、信号を渡ったところにある、もう一つの母恋駅前バス停から出るという。早めに確認しに来てよかった。

 地球岬団地行きのバスは、完全なる空気輸送であった。私一人と運転士氏の二人は、まだ薄暗い母恋中央通を上っていく。バス停から五分ほど経った頃だろうか、自動放送が地球岬団地バス停への到着を知らせた。

 嘘だろう、と思ったが、放送の後すぐにバスは止まった。ちょうど高台にある公園のそばである。私は運賃を支払い、運転士氏に礼を言ってバスを降りた。運転士氏はぶっきらぼうで私に何を言うでもなく、扉を閉めてバスを旋回した。朝早くの勤務で機嫌が悪いのだろうか、それとも単なるコミュニケーション障害だろうか。

 実は、地球岬団地行きバスは頼りないという情報を得ていた。地球岬団地バス停は地球岬のかなり手前にあって、バス停からかなり歩かなければならないというのだ。だが駅から岬までは随分遠いし、とりあえず行きはバスを使うことにした。ただ、これほどまでに駅と地球岬団地バス停が近いとは思わなかったから、帰りは運賃を節約するために歩こうと決めた。

 まだ坂道は続く。この周辺は地球岬「団地」と言うだけあって、アパートや一軒家が立ち並ぶ。バス停のそばの公園は、子供たちの遊び場だ。さすがにまだ早いから、遊んでいる親子はいなかった。

 バス停から十分ほど歩いた頃だろうか。突然T字路が現れた。道路標識は「←トッカリショ 地球岬→」と示している。トッカリショというのも岬の一つで、アイヌ語の「トカル・イショ」=「アザラシ・岩」に由来する。その名の通りアザラシが群集した場所である。こちらにも行ってみたいと思ったが、地球岬に行く時間しか設けていないから、断念した。

 ちょうどこのT字路のところには、「室蘭八景 金屏風」とある。ここが既に絶景の場所だというのだ。私は車道をわたって対岸の歩道に移動した。するとそこは、目の前に太平洋を望む断崖絶壁であった。両側から突き出す二つの断崖と、はるか遠くに見える水平線。真下を見ると、落ちたら確実に死ぬであろう迫力。これほどの眺めが、お金も払わずに一般道の歩道から見られるとは、なんと贅沢なことだろう。地球岬にたどり着く前から、いきなり最高峰の眺めを見てしまった。

 この景色に心奪われてしばらくぼんやりと見ていると、水平線のど真ん中に突如紅蓮の弓形が出現した。弓形とは幾何学の言葉で、円の弦と弧が囲む領域のうち、面積が小さい方のことである。だから、一番大きい弓形は半円ということになる。

 あれはなんだと思ったが、しばらく待っていると徐々にその面積が大きくなってきた。間違いない、これは日の出だ。私はもう十九になるが、今までに一度として日の出というものをこの目で見たことがない。このまたとない機会を棒に振るわけにもいかないから、地球岬に行くことを忘れて、その場に立ち尽くして水平線に視線を投げた。

 初めは紅蓮だった弓形が次第に橙色を帯びて、やがて半円、弓形の反対側の図形へと変わり、ついには水平線から橙色の真円が浮き上がった。それに呼応して周囲の空は橙色を帯び、青空に少しずつ移行する。ここまで数十分もかかっていない。夕日が沈むのは本当にあっという間だが、朝日が昇るのも案外すぐである。
金屏風

 この日の出の絶景を、誰にも邪魔されずに一人きりで拝めるとは、夢にも思わなかった。まさにこの旅で最高の贅沢だ。金屏風の眺めに満足した私は、地球岬への上り坂を再び歩み始めた。

 金屏風まで来ると、地球岬はもうすぐそこにある。観光名所であるから、大規模な駐車場もある。だがもちろん、車は一台も止まっていない。私は草木が生い茂る道の果てまで歩いた。そこには安全のための木の柵があって、その手前から太平洋を拝むことが出来る。こちらは金屏風よりもさらに高く、視界も広い。茫漠たる太平洋はひとえに穏やかで、以前留萌本線から見た白波の日本海とは対照的だった。

 朝日で一面が橙色に染まり、冬の北海道でありながら温かみがある。以前も言ったが、室蘭付近は北海道の中でもかなり温暖で、雪が少ない傾向にある。この日の地球岬にもちろん雪はなく、それどころか本州の生暖かい冬を想起させるほどの陽気だった。

 駐車場のそばに、この周囲の観光名所を紹介した看板が立っている。東室蘭駅周辺を付け根に、西へ突き出た半島を絵鞆半島と言って、その外海岸に集中する景勝地は「ピリカノカ」に含まれる。ピリカノカは「美しい形」という意味のアイヌ語で、今では北海道の優れた景勝地の総称となっている。つまり、北海道の別の場所にもピリカノカは存在するわけだ。一つ例を挙げると、二日前に見そびれた遠軽の瞰望岩もピリカノカである。

 ところで、絵鞆半島「」海岸とはどういうことかというと、絵鞆半島は内浦湾に向けて突き出ていて、半島の北縁は内浦湾の中を向いていて南縁は外を向いている。つまり南縁が絵鞆半島の外海岸ということになり、ここには地球岬やトッカリショのような名所がずらりと並んでいる。

 地球岬という名称ももちろんアイヌ語から来ていて、「ポロ・チケプ」=「親である・断崖」の「チケプ」が転訛して「チキウ岬」となったものである。古文の歴史的仮名遣いを考えてみると、「きう」は「きゅう」と読める。だから一般には、「地球岬」と呼ばれている。

 さて、脱線が長くなったが、地球岬の眺めについて続けよう。私は展望台にも登ってみた。下には地球岬灯台が見えている。灯台へは石造りのきれいな道があるが、柵がしてあって一般人は入れない。灯台に入ることができないのは、夏の足摺岬で学習済みである。
地球岬灯台

 展望台からの眺めは圧巻で、横にはほぼ百八十度の広角度で太平洋を臨むことができる。展望台の床には、視線の先にある地名が書かれていて、駒ケ岳の文字が目に入った。これらは渡島半島の南部だから、絵鞆半島から見るとちょうど対岸にあたる。あの美しい駒ケ岳をここから見られたら、と思ったが、あいにく視界が悪くて見えなかった。

 海の反対側には、室蘭市の街並みが見える。工業が盛んな室蘭だから、工場が散見された。見た感じからすると、室蘭市の中心地は室蘭駅の北側にあるようだ。

 今回地球岬に着目したのは、宮脇氏が室蘭~東室蘭間に乗りに来たとき、わざわざ観光に来たという記録があることにちなむ。時間が余ってせっかく観光できることだし、その地球岬とやらに行ってみようか、といった具合だ。氏が室蘭駅からタクシーを飛ばすことを予算に入れていたほどの場所は、さすがに素晴らしかった。

 坂を下り、再び金屏風からの眺めを少し拝んでから、駅に向けて歩いて行った。先ほどのバス停を横目に黙々と坂を下り続け、すぐに駅前へと戻ってきた。やはり帰りは徒歩で正解だった。

 母恋駅からキハ40系の普通列車に乗って東室蘭駅に降り立った。次の列車は特急北斗6号なのだが、三十分ほど待ち時間がある。そこで、駅の外に出てみることにした。

 列車に乗っていてもわかるのだが、赤と灰に塗り分けられていて、非常に派手かつ独特な駅舎である。東室蘭駅はこの自己主張に見合う主要駅で、かつて特急スーパー北斗号が登場したての頃は、函館から札幌までの途中で東室蘭にしか停まらなかった。苫小牧や洞爺、長万部を通過するほどの列車がこの東室蘭に停まる。それだけでこの駅が巨大な影響力を持っていることがわかる。

 ただ駅前は味気なく、私は早々に駅舎内に引き返した。駅の売店で雑誌が売っていて、そこに鉄道関連のものが置いてあったので、それを読んで少し時間をつぶした。

<<後編に続く>>
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こだま827号

Author:こだま827号
職業:大學生 醫學部醫學科
趣味:鉄道旅行、旅行記執筆、音楽、写真撮影、動画制作、醫學研究
好きな作家:宮脇俊三、笹沢左保、上野正彦
愛読書:JTB時刻表

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