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2015.12/19~25 聖なるひとり旅  第十六章 聖夜

第十六章 聖夜
 出発までの三十分強をどのように過ごしたかは失念したが、隣にやってきた特急白鳥号を撮影しに出たことは覚えている。そういえば前回も、この時点で白鳥号を撮っていた。これが、私と白鳥号の本当に最後の別れである。
白鳥号最後の写真函館

 17:13、すっかり日が落ちて暗くなった函館本線に、列車は躍り出た。もうスーパー北斗号には飽き飽きしているが、これで今回の北海道はいよいよ終わりを迎えると思うと、ぐっとくる。ひとり旅で道東にまで足を伸ばし、各地で観光を組み入れた壮大な計画を、無事に完遂することができた。今こうして特急スーパー北斗13号に乗っていることこそが、その証拠なのである。

 闇夜を突き進む列車に、大沼も小沼も駒ケ岳も何もない。ただ私は、暇つぶしをしながら車内販売を待った。そうして一時間を過ぎ、列車が森駅をあとにしてしばらく経った頃、事件が起こった。

 列車が急に減速し、やがて止まってしまった。やれやれ何事だ、事故かと思っていると、少しして車掌氏の放送が入った。

 前を走る貨物列車が鹿と衝撃し、安全確認を行っているという。確認が終わってからの出発になるので、しばし待たれよとのことだった。北海道でお馴染みの、人身事故ならぬ鹿身事故である。根室本線や釧網本線では日常茶飯事だが、函館本線で鹿身事故とは予想外だった。鹿には気の毒だが、撥ねたのが人でなくてよかった。人身事故の処理は非常に厄介で、列車の遅れが致命的なものになるのだ。

 列車が止まって十分は経った頃だろうか、呑気に車内販売の売り子さんがやってきた。確かに安全確認は車掌氏や運転士氏の仕事だから、客室乗務員氏には関係ないとはいえ、少々緊張感がないように思われた。悪いことだとは微塵も思わないが。

 私は車内販売の品書きにあった弁当を注文し、商品とともにクリスマスカードを受け取った。なるほど、確かに今日12/24クリスマスイブだった。

 結局列車は二十分ほど止まってから、ゆっくりと出発した。今回も13号は大幅に遅れてしまった。私が13号に乗ると遅れるというジンクスがあるようだ。前回は遅れを回復してくれることを期待したが、今回はもう何も願わなかった。遅れが広がる一方であることは、前回学んだからであった。

 途中で何度か減速や停止を繰り返し、結局終点札幌駅には三十分遅れで到着した。そのせいで、無慈悲な車内放送を聞く羽目になった。スーパー北斗13号は札幌に20:49に到着し、21:00発のスーパーカムイ41号と接続する。ただし、遅れが大幅に拡大した時は必ずしもそうとは限らない。現に三十分の遅れにより、時刻は21:20を迎えようとしていた。
「遅れが拡大したため、特急スーパーカムイ41号と接続することができません。ご不便をおかけいたしますが、22:00発の特急スーパーカムイ43号をご利用ください。」
と車掌氏が放送する。私からすれば他人事だが、指定席までとった客からしたらたまったものではない。その後の放送で、41号の指定券を持った乗客は、札幌駅係員氏か43号の車掌氏に声をかけて対応してもらうよう指示があった。指定席の変更や、もし指定席が満席だった場合、自由席特急券との差額を払い戻すのだろう。

 指定席をとっていなくても気の毒な話だ。43号の出発までまだ四十分ほどある。無駄な時間を過ごす羽目になり、旭川に着いてみればもう時刻は23:30である。しかし、41号の罪のない乗客を二十分も引き止めるのも気が引ける。この列車からの乗り換え客が多いと限ったわけではないから、仕方がない対応なのだろう。

 私にとっては痛くも痒くもないわけで、列車を降りるとすぐ、急行はまなす号がやってくる四番乗り場へと移動した。前回はあまり撮影者を見かけなかったが、今回は向かいのホームに大勢いた。廃止が三ヶ月後に迫っているのだから、当然と言える。

 帰りのはまなす号では、上段寝台を予約した。みどりの窓口で、一応カーペットも空席を見てもらったが、やはり駄目だった。その場合、前回の経験を活かして上段寝台を取ろうと考えていたのだ。上段ならスピーカが近いし、何より最初で最後の貴重な経験になる。値は張るが、それだけの価値があると判断してのことである。

 号車は増結21号車という訳のわからないところを指定された。年末が近いせいか増結運行されていて、私はちょうどその増結で加わった車両に乗せられるわけだ。21という数字はどこから湧いてきたのか未だに謎である。

 21:38、前回と全く同じ時刻に、DD51形率いる急行はまなす号が入線した。その青い客車を見ると、いよいよ終わるのだという実感が一層強まる。ひとまず寝台に荷物を置いてから撮影に向かうことにした。私は既存の荷物に加え、じゃがポックルの紙袋を丁重に持って、24系寝台客車の中へと潜入した。

 十か月前にK1氏と乗ったB寝台が、そっくりそのまま目の前に現れた。そのときは下段だったが、今回は靴を脱いで梯子を登って上段に腰を下ろした。寝台は非常に狭く、荷物の置き場に困ったが、親切にも、寝台の通路側の壁は大きく凹んでいて、荷物棚になっている。そこは一式の荷物を全てぶち込むことができるほど、収容力があった。

 ホームの端に機関車が止まるせいで、非常に撮影しづらい。ただ、このホームは端の部分が少し切り欠き構造になっていて、どうにか機関車の顔を写真に収めることができた。まだ動いてはいないから、ここでも失礼ながらフラッシュを焚かせてもらった。ヘッドマークをつけたDD51形を撮影できたことに満足して、私は増結21号車へと戻った。

 上段寝台へ戻って、出発をビデオカメラとともに待った。以前はビデオカメラの不具合で、札幌出発時の放送が収録できていないから、今回はいつもに増して気合が入っている。ハイケンスがどんな音色かも気になっていた。

 22:00、急行はまなす号は定刻に札幌駅をあとにした。私にとって、北海道にしばしの別れを告げる列車の旅が始まった。枕のすぐ横にあるスピーカにビデオカメラを寄せ、ハイケンスの第一音を今か今かと待つ。

 その一音目で、私は落胆した。往きのはまなす号で聞いた、あの伸びやかでかつたっぷりとリバーブが効いた音ではなく、ぶつっと歯切れが良い感じの音質だ。私はこの音色が好みでない。そういうわけで、私のJR客車列車におけるハイケンスのセレナーデ史は、残念な結末となってしまった。

 放送終わりのハイケンスを録音し、歯を磨くともう千歳まで来ていた。前回と全く同じ展開である。ただ今回は一人だし、何より上段寝台の異質感を存分に味わっている。上段は、不思議な優越感に浸れて楽しい。それもこれで最後かと思うと、寂しさはやはり否めない。

 その頃だったか、今日がクリスマスイブであることを改めて思い出した。今はまさに聖夜である。神戸に居る知人たちは、恋人と時間を過ごしているのだろうと、ふと地元の様子を思い浮かべてみた。三ノ宮あたりはアベックで埋め尽くされているのではないか。神戸の夜景を拝むのにもってこいの摩耶山にはケーブルとロープウェイがあるが、そこは今頃大盛況なのではないだろうか。一度クリスマスイブの夜に、一人で摩耶山に乗り込んでみたいと思うが、摩耶ケーブルはもう制覇してあるから、行く意味がない。そんなことを考えながら、私はまだ始めたばかりのツイッターにこう投稿しておいた。
「札幌から再び急行はまなす号。 神戸ではリア充の同級生たちがいかがわしいホテルに入っている頃、私は生涯最後の客車上段寝台に。」
一人で地球岬を訪ね、一人で長万部観光を満喫し、そして一人で急行はまなす号の上段寝台に乗る。まさに聖夜と呼ぶにふさわしい、一日の最高の締めくくりだ。本来ならクリスマスイブの夜は、こうして聖なる所業で過ごすものらしいが、何故日本では聖夜が性夜になってしまったのだろう。私には一切関係がない世界だから、詮索はよそう。

 上段寝台の寝心地は悪くなかった。だが途中で一度目が覚め、気が付くと列車は止まっていた。時計を見ると、ちょうど函館にいる頃だ。以前もこうして、函館で自然と目が覚めた。どういう生理学的機序によるかは知らないが、最後の撮影機会を与えられたのはありがたい。
はまなす電気機関車函館

 この日は前回と違って、改札から一番遠い八番乗り場に止まっていた。撮影者の数はさほど変わらない。私は青函トンネル用のED79形電気機関車を撮影し、編成後部へと向かった。すると、ホームへの通路がまだ明るいことに気がついた。せっかくなので改札へ向かってみると、さすがに無人であったが、駅舎全体に明かりが点いている。急行はまなす号の乗客のために、駅はまだ眠っていなかったのだ。改札上の電光掲示板はたった一つ、
急行はまなす 3:56 青森
と表示していた。
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こだま827号

Author:こだま827号
職業:大學生 醫學部醫學科
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好きな作家:宮脇俊三、笹沢左保、上野正彦
愛読書:JTB時刻表

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