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2018.3/3-6 霧島の雄叫びに哭いた 第十三章 百年駅舎

第十三章 百年駅舎
肥薩線0キロポスト

 9:51、八代駅に到着した。次の肥薩おれんじ鉄道、旧鹿児島本線川内行き列車までは、三十四分の待ち時間がある。この隙に、昨日できなかった駅前散策を行うことにした。

 先述の様に、八代駅はどこか衰退した様な寂しさが吹き抜ける駅だ。在来特急がなくなり衰退したことは間違いないが、それだけでは説明できない草臥れた感じがある。私はそういう感じが好きだが、可哀想だな、とは思う。
八代駅名標2

 その草臥れた様子は、やはり駅舎内に留まらなかった。駅前に出ると、そこには市街へ伸びる一本の道路と、営業している生気を失った食堂が見える。球磨川の鮎を使っていることで名高い駅弁「鮎屋三代」の製造所兼売店もあるが、客がいない。そしてその通りにも、人がいない。これが八代市の中心駅、八代駅に相応しい光景だろうか。駅舎に掲げられた「八代駅」の看板が、その寒々しさを増強する。
八代駅舎201803

 私は通りを歩いて、駅から遠ざかって見た。後ろへ遠ざかっていく八代駅は、あまりにか細かった。

 駅から離れると、全国どこでもある様な、診療所、中古本・中古ゲームの店、ガソリンスタンドなどが立ち並ぶ市街地が見えてきた。診療所には患者がたくさん来ていて、一応人がいることはわかった。列車の接続は34分だから遠くまでは行けず、市街地の存在を確かめてから引き返した。途中の和菓子屋にも入ってみたが、冷やかしだけだった。

 こういう駅の立地は、時々見受けられる。駅を作る際に、住民が蒸気機関車の煤煙を嫌って駅を市街地の外に追いやった結果ということもある。前回訪れた奥羽本線米沢駅がその例だ。後述するが、八代駅は元々市の中心部に設置されていた。だが、1911年の現肥薩線八代~人吉間開業に合わせ、人気が少ない現在地に移転した。この時私が見た駅舎は、移転当時に建築されたもので、なんと築百年を越えている。余りに古いこと、熊本地震によって一部損壊があったことから、この年の四月に本駅舎は営業を終了し、新元号元年一月に新しい駅舎が完成することになっている。

 さて、川内行きで一気に川内まで移動する。一気に、と言っても川内行きの各駅停車だから、所要時間は三時間にもなる。しかも、八代駅での接続に34分も空白ができ、更に途中の出水駅で長時間停車を食らうから、今日の列車の中で最も私に嫌われる列車になる、筈だった

 元々この三日目は、土休日にするつもりだった。というのも、土休日であれば、今乗ってきた肥薩線列車に、9:36熊本発の快速スーパーおれんじ号出水行きが14分の好接続をしてくれて、終点出水駅での鹿児島中央行きとの接続も良好である。そうすれば、鹿児島でのんびり昼食をとれたのだ。

 だが諸事情あって、どうしても三日目は平日になってしまった。昼食のチャンスは、出水駅での19分停車しかない。鹿児島は、犠牲になったのだ。

 ということで、非常に非協力的なこの列車に腹を立てていたが、乗ってみると今日一、二を争う楽しい列車であった。

<<次回に続く>>
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こだま827号

Author:こだま827号
職業:大學生 醫學部醫學科
趣味:鉄道旅行、旅行記執筆、音楽、写真撮影、動画制作、醫學研究
好きな作家:宮脇俊三、笹沢左保、上野正彦
愛読書:JTB時刻表

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