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2018.3/3-6 霧島の雄叫びに哭いた 第十四章 三太郎越え

第十四章 三太郎越え
川内行き201803

 川内行きは、土手を上る肥薩線と分かれるとトンネルに入り、右へ大きく旋回して坂を上ると赤い鉄橋の上に出た。球磨川をいきなり渡るのだ。右後ろに、まっすぐ進む肥薩線の線路が見えた。
球磨川を渡る

 鉄橋を渡り終わると、すく線路の横は蜜柑畑になった。木にはたくさん黄色い実がなっていて、昨晩の雨の影響か、無残にも地面に落ちたものも多い。夏蜜柑、正確には夏代々は晩秋に実が色づき始めるが、その時点では酸味が強すぎて食べられず、初夏まで放置しておくと酸味が和らいで食べられる様になる、ということでその名が付いている。今は三月だから、収穫までまだ数ヶ月ある。これから美味しくなっていく蜜柑たちなのだ。
夏みかん201803

 ちなみに夏蜜柑原産物語は結構面白い。江戸時代、黒潮に乗ってやってきた夏蜜柑の種を、西本於長という人物が今の山口県青海島に蒔いたことによるらしい。今でも山口県萩市で夏蜜柑栽培は盛んだが、南国の県がそれをしのぎ、現在では収穫量一位が鹿児島県、二位が熊本県、三位が高知県らしい。今からその順位を象徴するかの如く、あちこちに夏蜜柑が現れる。

 二見上田浦間で、自動の車内放送が入る。今見えている八代海の車窓案内だ。八代海沿岸は、かの有名なリアス式海岸となっていること、八代海は日本の地中海と呼ばれることなど、丁寧に解説してくれる。第三セクターらしい。JRでは、観光列車でない限りこういうことはしない。景観が優れた五能線や羽越本線みたいな路線であっても、その車窓を理解し、享受できるかは客の予習と感性に任されている。

 列車は海岸に忠実に沿って走るから、リアス式の線形になっていて、右へ左へぐにゃぐにゃに曲がっている。こんな低規格な路線に特急を走らせていたのか、と思うと、新幹線化も止むを得ない気がしてきた。無論景色は抜群に良いから、観光列車向きである。寄せる波を見ていると、穏やかではなくて、岸に向かって飛沫を上げている。風があるからだろう。
八代海201803

 海岸を離れて内陸に入ると、線路が起伏を見せ始める。5‰の下り坂途中にあるたのうら御立岬公園駅を出て、いくつも登場する「田浦」の大御所、肥後田浦駅を出ると、列車は坂を登り始めた。と同時に、ようやく車窓に畑が現れた。先ほどまで蜜柑畑と雑草ぼうぼうの荒蕪地ばかりだったから、田がより印象的だった。

 トンネルを出て坂を下っている途中に、海浦駅がある。海浦、というには海が離れている様な気がする。右側遠くに海岸へ斜めに落ち込む山稜が、重なって見えているのだ。景観は良い駅である。この区間のトンネルの多さと上り下りの激しさが、三太郎越えの特徴である。

 ここは九州山地の西端に当たる。八代市から津奈木町に出る間には、赤松太郎佐敷太郎津奈木太郎という三つの峠が連続し、トンネルがない時代は、九十九折りと激しい上り下りで、難所として名高かった。先ほど肥後田浦駅の手前で大きく坂を下っていたのは、赤松太郎峠を下りていたからである。そして今は二番目の、佐敷太郎峠にいる。

 峠を下りきったところに、JTB時刻表で太字ゴシック体で記載された主要駅、佐敷駅がある。やはり人吉と同じで、峠越えの直前直後には、名だたる集落があるものだ。佐敷は芦北町の中心地区である。かつては佐敷城の城下町として栄えたが、今は閑散としている。夏蜜柑甘夏の栽培で有名である。

 佐敷駅は二面三線の構造を持つ交換可能駅で、ホームも駅舎も立派である。明らかに国鉄時代のものを引き継いでおり、こうして今でも大切に使われている姿は、青い森鉄道やIGRいわて銀河鉄道の駅を彷彿とさせる。JTB時刻表でゴシック体表記されている駅だから、只者ではないと思っていたが、やはりかつては特急停車駅であった。

 「佐敷駅」でgoogle検索を行うと、上から二番目の候補に「佐敷駅 カレーパン」と出てくる。検索してみると、佐敷駅では確かに特製カレーパンなるものが売られているそうだ。佐敷駅を擁する芦北町の特産品である芦北牛、サラダ玉ねぎ、温泉塩を使用した、まさに芦北町の特製カレーパンだ。観光列車「おれんじ食堂」に乗れば車内でも購入できるが、普通列車では、生憎その機会はない。列車の到着に合わせて、ホームに歩き売りでもしに来て欲しいところだ。

 佐敷の町並みは湯浦駅との間でも続いている。湯浦川という川を渡り、湯浦の集落に入っていく。民家は多く、芦北町の人の気配がする。湯浦というくらいだから、温泉でも湧いているかと思って調べてみた。驚くことに、本当に湯浦温泉と呼ばれる温泉があった。開湯は奈良時代にまで遡る、歴史ある穴場温泉だ。

 次の津奈木駅までの間は8.7km離れていて、本路線で最も長い駅間距離となっている。ここは最後の津奈木太郎峠に当たる爲、途中に駅を作っても仕方がないのだろう。列車はまた木立の中を通り抜け、やがて水俣市へと下っていく長い長い下り坂に入っていった。もう三太郎越えも終わりだ。

<<次回へ続く>>
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プロフィール

こだま827号

Author:こだま827号
職業:大學生 醫學部醫學科
趣味:鉄道旅行、旅行記執筆、音楽、写真撮影、動画制作、醫學研究
好きな作家:宮脇俊三、笹沢左保、上野正彦
愛読書:JTB時刻表

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