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2018.3/3-6 霧島の雄叫びに哭いた 第二十一章 鹿児島駅

第二十一章 鹿児島駅
鹿児島駅201803

 終点郡元には、無事定刻で到着した。勿論降り立ったのは北側の停留場である、ここで谷山からやってくる鹿児島駅前に再び乗って、鹿児島駅を目指す。乗り換え客が多く、午後四時だというのに、車内でリュックサックを下ろして、押し合いへし合いで乗る羽目になった。雨に濡れた折り畳み傘など持っていない時で助かった。空は怪しい曇天である。

 二度目の高見馬場停留場を右に曲がると、鹿児島市最大の繁華街、天文館が近づいてくる。夜ではないので、いわゆるネオン街の香りはない。昨日の熊本の通町筋の方が活気があった様に思う。「天文館」というのは、1773年、島津藩主島津重豪の命によって建てられた、天文学の研究所である。重豪は大変な活力の持ち主で、学問、政治、私生活の全てにおいて、長きに渡り手腕を振るった名君とされる一方、浪費癖が激しく、大の酒豪でもあったことが伝わっている。

 天文館自体が現在の様な商業施設を吸引したわけではなく、もともと芒も生える様な殺風景なこの地に、大正時代になって路面電車が開通すると、映画館などの施設が続々とでき、一大繁華街を形成するに至ったという。阪急電車の祖、小林一三の格言、「鉄道が街を作る」の路面電車版と言ったところである。

 ここで天文館の跡を拝み、しろくまでも食べていくのが理想的だが、時間も金もない学生旅行では不可能である。またの機会にそれを譲って、今は先を急ぐ。天文館と呼ばれる地帯がどこまで及ぶかは判然としないが、活気を感じる商店街を抜けると、すぐに鹿児島駅前停留場に到着した。これで鹿児島市交通局は終了だ。

 鹿児島駅。不思議な駅の一つである。「鹿児島」を名乗りながら、市の中心部からまるで追い出された様な立地にあって、路面電車から降り立ってみると実に閑静な駅である。駅舎は二階建ての立派なものだが、中央駅と違ってどこか古風で、窓にかけられた梯子がシュールだ。こんな駅に全ての特急列車が停まるのは、不自然とすら思える
鹿児島駅前停留場201803
鹿児島駅前停留場-2_201803

 鹿児島駅と名乗るくらいだから、元は主要駅であったに違いない。その歴史は、明日の肥薩線吉松駅のところで語ることにする。

 階下の壁から突き出たみどりの窓口の分厚い看板も可愛らしい字体で、いかにも国鉄時代の雰囲気である。改札は階段を上った先の二階にある。駅舎内は蛍光灯が薄暗く、タイル張りの床が清潔感を削いでいる。昭和時代に作られた便所の床を連想させるからだろう。現に昭和時代製と思われる便所が、通路の脇に設けられている。扉には「殿方手洗」「婦人手洗」と書かれ、紺色で殿方赤色で御婦人方を描いた白のプラ板が張り付いている。
鹿児島駅みどりの窓口看板201803

 改札を抜けて、階段を降りてみると、そこは非常に長いホームであった。線路とともにホームは湾曲していて、美しい形状である。こういう形状だと、駅撮りでも良い列車の写真が撮れそうだ。この長さは、かつての長大客車列車を停める爲のものだろうか。現在では十両もない列車ばかりが走るから、完全に設備を持て余している。こういう造りもまた、昭和を感じさせる。

 ホームには部活帰りの高校生がぞろぞろ群れを成し、これは座れないな、と思わせた。16:40発都城行きが到着すると、すでに座席が塞がった車内が見え、より一層落胆した。この電車は16:36鹿児島中央駅始発だから、始発駅で乗車率100%である。大した客数だ。見ればやはり中高生が多くを占めている。

 もう出発時刻なのに、扉が閉まらない。そこへ車掌氏の放送が入った。

 反対列車が遅れている爲、発車が三分ほど遅れるという。そうか、日豊本線は単線だったか、とここで気づいた。日豊本線は鹿児島本線と肩を並べる九州の大幹線だが、単線区間の方が多い。特に大分駅〜鹿児島駅間は全て単線である。二番乗り場に黒塗りのキハ40系を見ると、都城行きは私を含めた立ち客を満載して、出発した。私は右側の扉の脇に陣取って、錦江湾を眺めることにした。
鹿児島駅名標201803

 遅れて来た反対列車というのは、肥薩線の特急はやとの風3号であった。はやとの風は、九州新幹線開業に伴い、霧島方面への観光客誘致策として考案された観光特急列車である。車両はキハ40系を改造した二両編成だ。特急なのにキハ40系を使うあたりが、財政難のJR九州らしい。そういえば指宿枕崎線の特急、指宿のたまて箱号も、九州北部で走る黄金色の「或る列車」も、キハ40系の改造である。内装は水戸岡デザインで凝っているが、その分箱に当たる車両そのものにまで金が回らないのに違いない。

 はやとの風号は観光列車らしく、眺めが良いところでは徐行運転を行う。右側に錦江湾と桜島が広がるこの車窓も、スローモーションでゆっくり眺められるわけだ。海面を眺めていると、網か生簀の様なものが目に入った。養殖漁業だろう。広島の牡蠣、三重・愛知の真珠など養殖で有名なものは多いが、錦江湾では何を養殖しているのだろう。

 鹿児島港が近く漁業が盛んな錦江湾では、しいら障泥烏賊の水揚げが知られている様だ。そして養殖では、勘八を生産しているとのことだ。広島の牡蠣は養殖でも美味いと思うが、養殖の鰻と鰤はどうも不自然に脂っぽくて苦手である。観光で鹿児島県に来たら、是非 しいら という魚を食べてみたい。

<<次回に続く>>
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こだま827号

Author:こだま827号
職業:大學生 醫學部醫學科
趣味:鉄道旅行、旅行記執筆、音楽、写真撮影、動画制作、醫學研究
好きな作家:宮脇俊三、笹沢左保、上野正彦
愛読書:JTB時刻表

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